前田慶次を描いた漫画「花の慶次」の誕生エピソード

花の慶次 -雲のかなたに-』は、前田慶次が主人公であり、

隆慶一郎氏の歴史小説『一夢庵風流記』を原作とした、

原哲夫氏が描いた漫画です。

花の慶次」の誕生エピソードがなかなか熱いです!

 

『花の慶次』誕生エピソード

平成元年当時、原作者の隆慶一郎氏は既に病に冒されており、

入院先の病院で原哲夫氏と熱く語り合って、

「前田慶次郎をぜひ漫画化してほしい」との要望を残して、

『花の慶次』読み切り版が掲載されたその年(1989年)にこの世を去りました。

 

原哲夫氏もこの原作者の熱意に感動した、というエピソードが、

コミック文庫版『花の慶次』のあとがきに収録されています。

 

「少年誌で時代劇漫画はヒットしない」というジンクスを覆した数少ない例です。

 

 

「慶次郎」から「慶次へ」

原作『一夢庵風流記』では「慶次郎」、ヒロインからは「慶郎」と呼ばれる主人公でしたが、

 

少年漫画化されるにあたって、他ならぬ原作者の隆慶一郎氏が

「『慶次』と呼ぶのがいいんじゃない?」と提案しました。

 

また、タイトルの発案および題字についても、隆慶一郎氏の手によるものです。

 

 

『花の慶次』関係の他の作品

『花の慶次』のスピンアウト作品『義風堂々』

「花の慶次」には慶次の莫逆の友である直江兼続

主人公のスピンアウト作品「義風堂々」があったり、

またパチンコ「CR花の慶次」もあったりして、面白いので是非読んでみてください!

「花の慶次」の詳細については、こちらの公式サイトを見てください!

かぶき者前田慶次を描いた漫画「花の慶次」

4月からNHKドラマかぶき者 慶次』が放送されていて、

先週最終回が放送されましたが、見られましたか?
NHKドラマ「かぶき者 慶次」について

このドラマは権力に迎合していく者を良しとする時代の中でも、年をとって、立場が変わっても、

信じる価値観のために戦った戦国一のかぶき者・前田慶次の晩年を描いた作品です。
ドラマの原作は脚本が小松江里子氏、原案が火坂雅志氏です。

脚本家の小松江里子さんと、小説家の火坂雅志さんとはNHK大河ドラマ「天地人」でのコンビです。
ドラマ「かぶき者 慶次」は、前半から後半に向けて徐々に面白くなる作品でしたね。

最終回はかぶき者の慶次らしい立ち振る舞いが見れて良かったです。
前田慶次の漫画『花の慶次』について
前田慶次と言えば、隆慶一郎さんの小説『一夢庵風流記』を原作とした、

原哲夫さんの漫画花の慶次』が有名ではないでしょうか。

漫画「花の慶次」

『花の慶次』は、戦国の時代を傾奇者(かぶき者)として生きた漢・前田慶次の

自由奔放な生きざまを描いた作品です。

 

『花の慶次』の初出は、1989年50号の「週刊少年ジャンプ」(集英社)の読み切りでした。

その後1990年13号から連載を開始し、1993年33号まで連載しました。

 

『花の慶次』は隆慶一郎作の歴史小説「一夢庵風流記」を原作として、

少年誌ジャンプに配慮したアレンジをしています。

 

優しさと漢気にあふれた前田慶次自身とそれを取り巻く多彩な登場人物との人間ドラマを、

原哲夫さんが迫力ある描写で描いた漫画です。

 

主人公である前田慶次は、本名は前田慶次郎利益です。

戦国一の快男児で、身の丈は約197cm以上ある大柄な武士で、体重は90kgとされています。

出自は甲賀の忍で、身のこなしも軽かったそうです。

命を賭けた遊びを楽しみ、自由を愛した、天下一の傾奇者(かぶき者)です。
『花の慶次』にはスピンアウト作品やパチンコもあるよ

「花の慶次」には、

慶次の親友である直江兼続が主人公のスピンアウト作品「義風堂々」があったり、

パチンコ「CR花の慶次」もあったりして、面白いので是非読んでみてください。

「花の慶次」の詳細については、こちらの公式サイトを見てください!

かぶき者を描いた『花の慶次』の逸話集

今日は『花の慶次』から、かぶき者慶次らしい逸話を挙げていこうと思います。

 

・床柱を斧で一打ち!
新築祝いに招待された慶次でしたが、お祝いムードの中、床柱の真中に斧を伐りつけました。

怒る主を目の前にして、

「全て世の中のことは満つれば欠けると云う法則である。

家を新築したことは目出度い事だが、これで沢山だと安心した時は既に頂点で、

それから後は運が傾く一方思いもかけない災難が、

後から後から降りかかって来る、そしてあっという間に身代がつぶれ一家滅亡となるのだ。

決して有頂天になるな、今この傷ついた床柱を朝晩眺めてわしの言葉を思い出すがよい、

それこそ無病息災お家繁昌の基いである」と説きました。

という、かぶき者の慶次らしい祝いの言葉でした。

 

・家中一統の馬揃えに牛に乗って登場!

「馬鹿にしている!」と罵られた前田慶次は、

「我れは小禄の分際であり、馬を飼う余裕がない。

よって、牛を飼育しているのであるが、物の用にさえ立てば、馬でも牛でも同じであろう。

それをお見せしよう」と一喝した!

そして、牛は馬並に縦横無尽に疾駆し、人々を驚かせました。

かぶき者の慶次らしい行動でした。

 

・寒い中、叔父の利家を水風呂に入れて、利家の愛馬の松風に乗って行方不明に!

利家を茶会に招待し、水風呂に入れた隙に馬にまたがって飛び出したというものです。

ある日、慶次は利家を招待し、寒い日のご馳走と「風呂」を利家に勧め、

利家が風呂に浸かったとたんに飛び上がりました。風呂が水風呂だったのです。

怒った利家は、慶次を捕まえようとしたものの、すぐさま利家の愛馬に鞭打って、

逃れ去り、そのまま行方不明となってしまいました。

慶次がまたがった馬があの「松風」でした。

利家の水風呂

 

・秀吉公認の天下御免の傾奇者に!

利家の甥に傾奇者がいるという評判を聞いた秀吉に召し出された慶次が、

髪の毛を片方に思いきって寄せ、そこにまげが横に曲って立っている珍妙な恰好で、聚楽第に参上しました!

平伏す時も顔を横に寝かせて挨拶などして、秀吉をはじめ諸侯をひとしきり笑わせました。

その後、褒美として馬を拝領する段になって一時退出し、

今度はきちんと髪や衣服を改め、作法を守った振る舞いで参上しました!

この逸話こそが、天下人・豊臣秀吉から「天下御免の傾奇者」を許された逸話です!

秀吉公認の傾奇者

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かぶき者を描いた花の慶次の名台詞集

「かぶき者」の意味ですが、異風を好み、派手な身なりをして、常識を逸脱した行動に走る者たちのことです。茶道や和歌などを好む者を数寄者と呼ぶが、数寄者よりさらに数寄に傾いた者と言う意味です。

 

今日は「花の慶次」の好きな台詞を挙げていこうと思います。

「たとえ悪魔の馬であろうとオレには必要なのだよ」

「ほれた 腹の底からほれたぞ!!」

「遊びってのは派手でなきゃつまんないよな」

「この前田慶次 合戦では修羅と化して一兵残さず切り捨ててくれる!」

「楽しみにしておれ!!」

「虎や狼が日々鍛錬などするかね」

「ならば 地獄の鬼どもに傾いてみせよ!」

「その傷がいい!これこそ生涯をかけ、殿を守り通した忠義の甲冑ではござらんか!」

「敵将の首をとること以外になにがあるというのかね」

「生きる自由もあれば死ぬ自由もあるさ」

「ただ俺はいくさ人 ここで引けば 俺ではなくなる」

「いつでも逃げれば生きられるというもんじゃない」

「突き進んだほうが生きのびられる場合もある」

「それをまちがいなく選べるのがいくさ人というものだ!」

「おまえは ただその秀吉がねたましいだけだ」

「秀吉に頭を下げてでも生きのびる」

「そしていつか秀吉の首をとるさ それがいくさ人というものではないのか」

「死に場所は自分で選ぶ!」

「戦に卑怯もへったくれもないでしょう」

「おまえがついでくれた酒なら、たとえ毒が入っていても飲んださ」

「斬る! すべて斬る!!」

「螢を殺した忍びのおまえは憎いさ でも螢を愛したおまえは憎めなくてな」

「そんな意地のために 何人の家臣に犬死にさせたと思っているんだ!」

 

そして一番有名なのは、「だが それがいい!」ですね。

だがそれがいい

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天下一のかぶき者を描いた 花の慶次について

花の慶次」とは、群雄が割拠する激動の時代を駆け抜けた主人公の前田慶次を中心に、戦国の世を色鮮やかに生きた様々な人達の物語です。

花の慶次2

初出は1989年50号の「週刊少年ジャンプ」(集英社)の読み切り版で、その後1990年13号から連載を開始。隆慶一郎作の歴史小説「一夢庵風流記」を原作として、

少年誌に配慮したアレンジやオリジナルエピソードなどを追加して、1993年33号まで連載。

 

優しさと漢気にあふれた慶次と登場人物が織り成す人間ドラマが面白く、

同時代を生きた漢達と、時に爽やかに、時に激しく渡り合さまを、

原哲夫が圧倒的な画力で描いています。

 

主人公である前田慶次は、本名な前田慶次郎利益。

安土桃山の動乱期を疾駆した戦国一の快男児であり、

身の丈は約197cm以上ある大柄な武将で、体重は90kgとされています。

出自は滝川一益の従弟である滝川益氏の次男で、前田利家の兄、前田利久の養子となります。

甲賀の忍であり、身のこなしも軽く、自由を愛し、命を賭した遊びを楽しんだ当代きっての傾奇者(かぶきもの)。

 

「一夢庵風流記」は今でこそ有名ですが、史料の少なさから知名度は決して高くありませんでした。その低かった知名度を高めたのは、小説家の「隆慶一郎」で、週刊読売で1988年1月3日・10日合併号~1989年1月29日号まで連載した小説『一夢庵風流記』で、慶次は一躍脚光を浴びることになります。

 

人気が出たのは、慶次が『傾奇者』(かぶき者)だったからで、今では「かぶく」という言葉が一般動詞として使われているほどです。

「かぶき者(傾奇者)」とは異風の姿恰好を好んで、異様な振る舞いで人を驚かす者を言います。

 

『花の慶次』にはスピンアウト作品があって『義風堂々!!』です。

義風堂々

作画を担当した原哲夫が描き切れていなかったと語る慶次の莫逆の友である直江兼続の物語です。

漫画やアニメなどもあり、盛り上がっているのでお勧めですよ。

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